「世界の旅バーチャル・グランドツアー (246) 西安 華清池」
(連載)
[対象: 校種:全般、学年:全学年・生涯学習、教科:社会・共通]
華清池は西安の北東約30キロの驪山(りざん)の麓の北山麓にある温泉地にあります。
ここは、3000年前の西周時代に温泉が発見されて「驪宮」が建てられ、秦の始皇帝は石を積み「驪山湯」を、
唐玄宗時代には「温泉宮」が建てられました。747年には玄宗皇帝が山を囲んだ宮殿式建築の湯殿を建築し、
「華清宮」と名づけました。玄宗皇帝は寵妃である楊貴妃とともに、毎年10月から春にかけ、ここで過ごしました。
楊貴妃は16歳の時に宮殿に入り、玄宗皇帝の息子の寿王の妃になりましたが、その美しさと聡明さ故、
玄宗皇帝の寵愛を受けることになります。 華清宮には玄宗皇帝用の「蓮花湯」や楊貴妃専用の「海棠湯」や、
お付きの人用の湯殿が造られました。また、玄宗皇帝と楊貴妃の泊まる部屋は床に源泉を引きこんで床暖房に
なっていたため、屋根に霜もつかない「飛霜殿」と呼ばれていました。この飛霜殿をの先に華清池があります。
唐代に造られた華清池は「安史の乱」で破壊されてしまいました。また、その他の建築物も数々の戦争などにより
破壊されてしまったため、1959年に歴史書に基づいて再建されました。
玄宗皇帝と楊貴妃の日々を題材に唐代の詩人、白楽天が長編叙情詩である『長恨歌』を記しました。
これが世間に広く知られることになり、楊貴妃の物語がその後も長く語り継がれることとなりました。
≪動画・静止画「西安 華清池」のホームページ≫




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(公財)学情研メールマガジン 第252号 (2011/5/1 発行)に掲載されました。